平成10年度は、調査対象地域である奈良市の旧添上郡大柳生村の村落と京都市東山区祇園北側の町内への民俗調査を行った。奈良市の大柳生は、宮座と両墓制のみられる村落であるが、明神さん、八人衆、二十人衆と呼ばれる長老たちによる神祭りの方式に興味深い伝承がある地域である。京都市東山区祇園北側は、花見小路界隈と通称されており、八坂神社の門前の古くからの繁華街である。いずれも農村と都市の日本の伝統的な地域社会の典型例とみることができる。それぞれの地域において前年度に続いて民俗誌作成のための調査をすすめた。とくに今年度は奈良市大柳生の氏神である夜支布山口神社の一年間の神事や祭礼などに焦点をあて宮座における長老の役割を中心に調査を行った。大柳生では西垣内(上脇垣内、下脇垣内、大西垣内の三垣内をあわせて西垣内という)、東垣内(泉垣内、北塔坂垣内、南塔坂垣内の三垣内をあわせて東垣内というが、泉垣内は独自で氏神多聞神社を祭っており夜支布山口神社の氏子ではない)、上出垣内、の三つの垣内から氏子総代が一名ずつ計三名、二年任期の交替で年長者から順番に勤めて神社の世話を行っている。また、神事や祭礼のたびに労力と経費を提供する組織として神社奉賛会が作られており、各垣内から一名もしくは二名が出ている。それらとは別に、夜支布山口神社の伝統的な祭祀組織として宮座が結成され運営されている。最年長の一老から八老までを八人衆、その八人衆を含めて年長者から二十人を二十人衆と呼び、彼等が宮座祭紀の中心的な役割を果たしている。氏神の神霊を一年間預かる当屋を明神さんと呼びこれも年長者から一年交替で勤めている。この宮座行事の一年間通じての調査によって伝統的な村落社会における老人の役割についての分析を進めている。今後は女性の役割にも視野を広げることの必要性を認識している。
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