本研究は、高齢化社会における老人と社会の問題に対して、近畿地方の伝統的な農村社会の典型例として奈良市大柳生、伝統的な都市社会の典型例として京都市東山区祇園弥栄地区をそれぞれフィールドとして民俗誌的研究を実施したものである。奈良市大柳生は宮座と両墓制のみられる村落で、その民俗調査研究の結果、以下の諸点が明らかになった。宮座の頂点に立つ長老衆に対しては特別な権威と敬意が村人たちから寄せられている。それは神社祭祀という特別な時間と場所に集中しているが、長老の存在はその妻や子供、孫までも含めて村落生活の様々な場で、その長寿の価値が村落内で暗黙の内に認められている。また、氏神の祭祀を重視する村落生活が背景となって、日常においても死の穢れを極端に忌避する生活が維持され、死体を埋葬する墓地を集落から遠く離れた山中に設営し、一方、石塔を建てる墓地は集落に比較的近い場所に設ける両墓制の形式が採用されており、死穢忌避の観念を背景とする宮座祭祀と両墓制との相関関係が推定された。 京都市東山区祇園弥栄地区は、祇園八坂神社の門前におよそ正徳年間(1711-16)以降に開発されてきた繁華街の典型例であるが、この調査により以下の諸点が明らかになった。このような商業地域の場合、商家の定着率が低く人物の交流も家を単位とするよりも職業上の関係による部分が大きい。したがって、地元の祇園八坂神社の祭礼においても老舗としての商家の自覚と才覚とで一定の役割を担う老人がある一方では、他出したり移入したりした老人たちが多く、地域のすべての老人が活躍できるわけではない。むしろ、行政関与の老人福祉施策に対応した老人会の活動を通してその生きがいの確保をめざす老後の生活、自分の職業歴において獲得した人間関係を基本とした個人的な価値観に基づく生きがいの追及を試みる老後の生活など、多様な老後生活の充実への工夫がみられた。
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