近世後期における水戸藩の重要な課題は、藩領における商品経済の浸透と農村荒廃の同時的進行による封建支配の危機をいかに解決するかであった。本研究では後期水戸学の主流と異なる立原翠軒門下の小宮山楓軒・高野昌碩や小宮山の弟子大内政敬・板場流謙らの考察や提言を分析し、また彼らの農政論の基礎となった後期水戸藩領の農村の実情を検討したい。具体的には小宮山楓軒らが推進した農村復興の諸政策の特徴とその成否を該当する数か村の実情を検討して明らかにし、農政論の思想史分析と農村構造の史的分析を有機的に関連させることで、新たな研究の展開を期したい。 今年度は以上の研究目的に対応して、第一に小宮山楓軒・高野昌碩・大内政敬・板場流謙らの農政に関する著作や稿本の所在を確認し、その内容を検討した。そのため活字化されている文献をリストアップして、その内容を点検するとともに、稿本や写本の存在状況を明らかにするために、水戸市内では茨城県立歴史館・茨城県立図書館・水府明徳会彰考館、茨城県外では国立公文書館内閣文庫・国立国会図書館・東京大学史料編纂所・静嘉堂文庫・京都大学博物館を調査し、一定の成果を得た。 第二に小宮山楓軒が南郡奉行として相当した農村(寛政11年(1799)14か村、亨和2年(1802)以降65か村)に伝存されている地方文書の調査に着手した。今年度は茨城県立歴史館および二、三の関係町村の自治体史編纂室で所蔵されている文書の調査にとどまったが、来年度は調査対象を広げて、当該時期の関係史料をより多く収集し、その内容を検討する予定である。なお茨城大学附属図書館所蔵の古文書のなかに、水戸藩北郡役所でこの時期に作成された公用日誌があり、小宮山楓軒と交わされた文書も記載されていることがわかり、現在その解読を進めている。
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