本研究は、日本の主要な地域を、関東と周辺地帯、近畿と周辺地帯、真宗篤信地帯の三地帯に区分し、収集した徳川期の家訓・遺言等から精神的規範性をもつものを選び、豪農商層の信仰と倫理、および彼らの役儀観を通して通俗道徳の一般民衆への浸透がどの程度なされているかをみたものである。 (1)関東と周辺地帯。ここでは天・神・仏・祖霊等が複合的に崇拝され、祈祷等を求める呪術的な観念が極めて強い。また通俗道徳の実践が説かれるが、それは致富の手段と考えられている。なお、この地帯では1760年頃より豪農商層に村役を忌避する観念が高まり、彼らの獲得した通俗道徳の一般民衆への浸透は断絶すると思われる。 (2)近畿と周辺地帯。ここでは真宗門徒の阿弥陀如来に対する首神崇拝と、他門徒の複合的崇拝とが併存するが、全体として呪術的観念は少ない。また通俗道徳の実践はそれを信仰の証とするもの(真宗門徒)と、天命に叶い家の繁栄につらなるとするもの(他門徒)の双方がある。なおこの地帯では役儀を忌避する観念は少なく、豪農商層のもつ通俗道徳は一般民衆に浸透しており、特に儒教による教化が強くみられる。 (3)真宗篤信地帯。ここでは弥陀一仏に対する首神崇拝が確立している。そして通俗道徳の実践を主に精神的な富者になるためとする。また民衆の多くが信仰と道徳の実践を不即不離のものとし、それは寺院を中心とする宗教教育を通して教化される。なお、役儀観においても、それが村役人であれ道場役であれ、ともに誠実に勤めることを謳っている。
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