欧米で蓄積されてきた近代歴史学は、基本的に自国史研究であったため、フランスやイギリスといった特定の国や地域の研究成果のみに基づいて西欧全体や世界システムを議論するというパターンを繰り返してきており、西欧全体の変化を整合的に説明できる体系が欧米学界においてもまだ構築できていない。この問題を解決するためには、各地域間の比較が不可欠であると考え、私は、現在、長期プロジェクト「中世西欧の統治システムの比較研究」に取り組んでいる。当研究はその重要な一部をなす。当研究の目的は、西欧中世を代表する制度としてしばしば引きあいに出され、近代行政制度の起源とも見なされてきた中世フランスの統治システムを明らかにすることである。その実態については、不明な点も多く、フランス全体の状況を全体として認識できるような枠組みも非常に単純な形でしか提示されていない。 本年度は、カ-ル大帝によって築かれたカロリング帝国が崩壊して、新しい領邦が誕生すると考えられている時代に焦点をあて、この時期に政治的枠組がどのように変化し、国王や地方君主の統治システムがどのように形成されていったかを検討した。その結果、帝国が小王国に分裂し、その小王国をもとに領邦が形成されるという通説が重大な欠陥を持つことが明らかとなった。各々の領邦は、小王国を基礎に形成されたのではなく、戦乱期に生まれる有力地方君主の領地を核に形成されていった。 また、この調査の過程で、領邦の成立の時期がこれまで言われてきたように九世紀末から十世紀初頭に集中しているわけではなく、一世紀ほどの幅をもっていること、個々の領邦の成立時期について研究者たちの見解がほとんど一致していないということがわかった。フランス中世の歴史を説明するための最も重要で基本的な概念「領邦」そのものを、再検討する必要があることが明らかとなった。
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