欧米で蓄積されてきた近代歴史学は、基本的に自国史研究であったため、フランスやイギリスといった特定の国や地域の研究成果のみに基づいて西欧全体や世界システムを議論するというパターンを繰り返してきており、西欧全体の変化を整合的に説明できる体系がまだ構築できていない。この問題を解決するためには、各地域間の比較が不可欠であると考え、私は、長期プロジェクト「中世西欧の統治システムの比較研究」に取り組んできた。当研究はその重要な一部をなす。当研究の目的は、西欧中世を代表する制度としてしばしば引きあいに出され、近代行政制度の起源とも見なされてきた中世フランスの統治システムを明らかにすることである。 昨年度は、カール大帝によって築かれたカロリング帝国が崩壊して、新しい領邦が誕生すると考えられている時代に焦点をあて検討した結果、領邦の成立の時期がこれまで言われてきたように九世紀末から十世紀初頭に集中しているわけではなく、一世紀ほどの幅をもっていること、個々の領邦の成立時期について研究者たちの見解がほとんど一致していないということがわかった。そして、フランス中世の歴史を説明するための最も重要で基本的な概念「領邦」そのものを、再検討する必要があることが明らかとなった。 本年度は、その領邦と認識されてきた(1)王領地、(2)ノルマンディ公領、(3)シャンパーニュ伯領、(4)フランドル伯領の統治システムを詳細に検討し、王の統治システムとの異同を明らかにすることができた。しかし、当初予定していた(5)トゥールーズ伯領、(6)アンジュー伯領、(7)アキテーヌ公領、(8)ブルターニュ公領、(9)ブルゴーニュ公領の検討を終えることはできなかった。これらの検討は、来年度完了したいと思う。
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