欧米で蓄積されてきた近代歴史学は、基本的に自国史優先であったため、特定の国や地域の研究結果のみに基づいて西欧全体や世界システムを議論するというパターンを繰り返してきており、西欧全体の変化を整合的に説明できる体系が構築されていない。この問題を解決するためには、各地域間の比較が不可欠であるため、私は、プロジェクト「中世西欧の統治システムの比較研究」に取り組み始めた。当研究はその重要な一環をなす。当研究の目的は、西欧中世を代表する制度として引き合いに出され、近代行政制度の起源とも見なされてきた中世フランスの統治システムを明らかにすることである。その実態については、不明な点が多く、フランス全体の状況を全体として認識できるような枠組みも非常に単純な形でしか提示されていない。 1997年度には、カール大帝によって築かれたカロリング帝国が崩壊し新しい領邦が誕生すると考えられている時代に焦点をあて、この時代に政治的枠組がどのように変化し、国王や地方君主の統治システムがどのように形成されていったかを検討した。この調査の過程で、領邦の成立の時期が大きな幅をもっていること、個々の領邦の成立時期について研究者たちの見解がほとんど一致していないということが明らかとなった。そのため、1998年度、1999年度には各領邦を検討した。 そして、十世紀から十二世紀にかけてのフランスには、国家となりうる枠組み、すなわち、王領、公領、伯領、城主(領主)支配圏が同時期に複数存在し、各地域ではそれらの枠組みのうちのいずれか一つが国家的枠組みとして機能していたという理解を得るにいたった。つまり、この時代は、短期間に伯領が国家的構成体となったり城主(領主)支配圏が国家的構成体となる、極めて流動的な時代だったのである。研究成果報告書には、古代ローマ時代から14世紀に至るまで、フランスにどのような政治的枠組が形成されてきたかをまとめた。
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