本年度は、『図像のなかの中国と日本ヴィクトリア朝のオリエント幻想』 (山川出版社)を公刊し、「黄禍」論的反応について風刺週刊誌『パンチ』や週間新聞『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』などの図版を史料として、文献史料とは異なる反応を確認できた。つまり、こうしたヴイジュアルな史料においては帝国での「黄禍」論的反応に共鳴するような基盤がヴィクトリア朝社会にも見られたのである。 さらに、本年度は「黄禍」論的反応と当該期の国際経済の動き、とりわけ東アジアの工業化との関連についても明らかにしえた。「黄禍」論的反応は東アジアの工業化といった国際経済の動向に直接的に関連して現れるのではなく、日本の工業化が、中国の工業化と結合したときにのみ現れた。この場合、日本の工業化はきわめて強力な実力をもつものと評価されていたが、日本の工業化それ自体は脅威とされてはいなかった.他方、中国の工業化は、その実態が正確に理解されることはなく過小に評価されるのが常であった。だが、中国の工業化は「黄禍」論の文脈では、その実態が正確に理解されなかったがゆえに、またモデルとしての日本の工業化の輝かしい成功と結合して論じられたがゆえに、その力が異様に膨張して見られることになった。そして、日本の工業化もこの文脈では脅威として見られることになる。 本年度はまた『プリタニカ』や『領事報告』などの新しい史料を開拓したが、さらに映像史料やポスター、広告などの史料の可能性も探りつつある。
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