アンティフォンの弁論の背景にあったものを明らかにする研究を進め、以下の如き成果を得た。 まず、ギリシア宗教の特質として、次のような捉え方を提示した。ギリシア宗教に対して特異な対応を示した者として、テミストクレス、ピュタゴラス、クセノフォンの3人を挙げうる。テミストクレスは自己の才覚を信じて宗教的思考を軽視し、ピュタゴラスはギリシア宗教から出て独自の宗教を展開して、自らの生活をそれで律しようとし、クセノフォンは自己の体験から発してギリシア宗教を深く信じるようになり、その信仰心を機軸に著作活動を展開した。また、日本人の宗教観を参考にすれば、受動的信仰と能動的信仰との二分法を考えることができる。そしてそれを踏まえれば、ギリシア人一般の中にあった受動的信仰、それを突き抜けて能動的信仰に到るピュタゴラス、クセノフォン的二つの行き方、また能動的非信仰に到るテミストクレス的なもう一つの行き方といった観点からギリシア宗教の実際的あり方を説明することができる。(これについては、10月に開かれた日韓シンポジウムで報告し、多くの方のご意見を頂いた。)アンティフォンは自らの弁論に宗教を利用しようとする場合、こうした宗教的あり方を考慮して、結局クセノフォン的立場に近づかねばならなかったろう。 次に、アリストファネスの喜劇を素材として、当時の世論のあり方を考究し、以下の知見を得た。まず、「戦争」についての見方を調べ、彼の喜劇が政治に人々の耳目を集めさせるものでありながら、政治を人々から引き離す効果を持ったであろうことを見出した。ついで、「ポリス」についての彼の考え方と世論との関わりを検討し、「ポリス」というものの具象度、抽象度によって世論のあり方を説明できるだろうことを示し、また具体的に前405年の世論がどう移り変わったかを明らかにした。
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