イギリス経済は19世紀末以降、後発資本主義国であるアメリカやドイツの工業化の進展に伴い、徐々に地盤沈下のみちをたどったとされる。本研究は、このような世紀転換期のイギリス経済・政治・社会の動向を、国際的文脈に位置づける作業を通じて、再検討しようとしている。 「七つの海を支配する帝国」という呼称からも察せられるように、19世紀後半までのイギリスが「世界の工場」たり得た背景には、強力な輸送力が存在した。特にロンドン港では多大な特権を与えられたいくつかのドックが建設され、全体として世界商業の中心地として機能した。19世紀におけるその発展は、安価な労働力を供給するイ-スト・エンドのスラムとその後背地に当たる南イングランドの農村地域にによって支えられた。ロンドン港は、イギリス経済の浮沈を示す結節点でもあった。 以上の基本的な動向を確認した上で、本研究は以下の3点について、考察を進めた。 第一に、帝国史研究の成果を積極的に摂取し、その中でのイギリス港湾運輸業の役割を考察しようとした。これは、労働者個人-労働者組織-イギリス(イングランド)-帝国-世界の連関の中で、問題を解明するための基礎作業であった。第二に、港湾運輸業と特に関連の深い鉄道・炭鉱業などの動向に配慮し、イギリス経済全体の動きを把握しようとした。さらに、「帝国」を考える大前提として、4つの異なる文化的背景を持つ地域から構成される「イギリス」の像を問い直す作業にも着手した。
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