本研究は古典期のギリシア世界において展開されたポリスの対外政策決定と政治指導権をめぐって争いあう政治集団との関連性を探求することを目的とした。 平成九年度はデロス同盟の貢税とアリステイデスの査定を取り上げた。査定額460タラントンは決して軽い負担ではない。個々の同盟国の負担も過重であった。それにもかかわらず同盟国が熱心にアリステイデスの査定を受け入れているが、その背景には同盟に対する同盟国の熱意があると評価した。 平成十年度はパウサニアス事件を取り扱った。プラタイアの戦いの英雄パウサニアスが何故翌年には暴虐の廉で指揮官の地位から更迭され、最後には祖国に対する裏切り者として悲劇的な最後を迎えねばならなかったのかを考察した。その結果、パウサニアス事件の背後にスパルタ国内の党派的な対立があり、パウサニアスの個人的名声に危機感を感じていた反対派が事件を演出した可能性を論じた。 平成十一年度はペロポネソス戦争中に生じたレスボスの反乱を研究対象とした。この研究を通じて、確かにアテナイからの離反を指導したのは寡頭派であったが、同時に離反に反対し事前にアテナイに離反計画を内通していたのも寡頭派であったことが明らかとなった。離反の最終段階に入って寡頭派指導者と民衆との間に乖離が生じたが、民衆は決して革命や民主政治を望んでいたわけではなかった。 本研究を通じて市民団が富裕者と貧民の対立によって引き裂かれ、ポリスの政治的一体感が寡頭派と民主派の反目の為に危殆に瀕していたという分析モデルは必ずしも有効ではない事が明らかとなった。さらに、ポリスの利害と党派の利害が必ずしも一致しているわけではなく、場合によっては党派の利害がポリスの利害に優先することもあった。
|