本研究は、古代ギリシアにおける歴史思想の展開の軌跡をあきらかにするために、歴史の理解にかかわる複数のキー・ワードを選定し、それらが主要な著作のなかでどのように用いられているかを検討することによって、個々の歴史家の特質を明確にしようとする試みである。代表的歴史家としてへロドトス、トゥキュディデス、クセノポン、ポリュビオスの4人を選び、著作からキー・ワードの用例を検索・抽出して、頻度やその語の重みを吟味することからスタートした。 tyche(運命、偶然)、ananke(必然)、aitia(原因)、prophasis(口実、理由)moira(運命)、daimon(神霊)、theos(神)、mantis(予言者)、chresmos(神託)などのキー・ワードにについて検討を進めた結果、ポリュビオスにおいてきわめて重要な意味をもつtycheは、他の3人の場合ほとんど役割を認められていないこと、トゥキュディデスにとっては、戦争における「必然」的ななりゆきの解明こそが課題であったことなど、歴史観の特質を客観的に示すことができた。 こうした考察の過程では、同義語や派生語、類語の検討が必要となるなど、当初考えた以上に入念な手続きを要することがわかってきたが、キー・ワードによる比較考察という方法の有効性については確信を深めることができた。古代ギリシア以外の史学史についても適用可能な方法でありうることは申すまでもない。
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