中国と韓国の象嵌資料の調査と成分分析を行ない、日本の資料と比較検討した。中国の戦国〜後漢時代の金銀象嵌文様帯鈎4例を分析した結果、金象嵌は金の純度が90〜93%、銀象嵌は銀の純度がほぼ100%であった。韓国の七支刀の金象嵌銘は金の純度が79.2%、湖巌美術館大刀の金象嵌文様は金の純度が62%、有銘環頭大刀の銀象嵌銘と昌原道渓洞大刀の銀象嵌銀象嵌は、ともに、銀の純度がほぼ100%である。日本では、辛亥銘鉄剣の金象嵌は金の純度が73%、勝福寺古墳大刀の金象嵌は金の純度が約90%、額田部臣銘大刀の銀象嵌は銀の純度がほぼ100%、戌辰銘大刀の銅象嵌は銅の純度がほぼ100%である。 以上のように、象嵌大刀の象嵌の組成分析データは必ずしも充分ではないが、ある特徴をみいだすことができる。すなわち、中国の戦国時代帯鈎例に見るように、金属象嵌の初源においては糸象嵌と平象嵌がともに使われていたにもかかわらず、韓国、日本への象嵌技法の伝達には900年の月日を要し、しかも、糸象嵌のみが選択的に受け入れられていること、また、金象嵌は金の純度が90%以上の場合と、70〜80%の場合があり、年代的には古く遡るほどに、地域的には中国に近いほどに純度が高い。銀・銅の象嵌は地域、年代を問わず純度はほぼ100%のものが使われている。象嵌線の組成分析データがさらに集積されれば、象嵌大刀の製作年代や製作地を知ることも可能となるであろう。 また、日本・中国・韓国はじめ東アジアの古代象嵌銘文大刀の性格を考えるとき、象嵌技法の進歩・伝播を示す時間軸と、伝播の広がりを示す平面軸、そして、中国を中心とする東アジアの政治構造軸をも、あわせ検討せねばならないことも、また、本研究から得た成果である。
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