これまでその存在が明らかになっている、江戸時代後期の洒落本、末期の戯作、明治時代中期の落語速記本、後期〜大正時代の落語SPレコードの各資料に、今回昭和初期の落語実況録音資料を加えて、この時期の上方語におけるテンス・アスぺクト形式の体系や変化を調べた結果をまとめると、以下の通りである。 1. 存在表現では、非情物には「ある」「ない」が用いられるが、有情物の場合は、「絶対存在文」では「ある」が、対象の物理的な位置を示す「所在文」では「いる・おる」が用いられる。また、敬語形式としては「ござる」「ござります」「おます」「おります」が用法を分担しながら、多様に用いられている。 2. テンス・アスペクト表現では、「〜ている」「〜てある」は近世には主語の有情・無情で使い分けられていたが、「〜てある」の制約は現在まで比較的よく残っているが、「〜ている」は共通語と同様に主語に関する制約がなくなった。「〜ておる」はアスペクト的意味としては、「〜ている」と同じであると考えられる。 3. 上方語に特有の存在表現の形式である「いてる」は、「いる」が元来変化動詞であった時の痕跡によって成立したものかとも思われるが、用例がSPレコードにしか見られないため、詳細は未だ不明である。 4. 同じく、上方語に特有な、アスぺクトの補助動詞「〜かける」の用法は、今回調査対象とした資料の中に一貫して用例が認められており、現在の東西差の生まれる源が、近世にまで遡れることが判明した。また、この「〜かける」の形式の存在の故か、上方語に「〜始める」の形式が侵入してくるのは、比較的後のことであるようである。
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