九州各地に伝承された座頭(盲僧)琵琶の語り物は、その口頭的な語りの構成法、曲節の接続のしかたに一定の法則性が存するなど、さまざまな点で中世的な語り物伝承のおもかげを伝えている。私はここ数年、熊本・福岡・大分県に伝わる座頭琵琶のフィールドワークをとおして、その語り物伝承の実態に関する調査・研究を行なってきた。調査の過程で、かなりの数の台本類が諸所に蔵されることを知ることができたが、それらの台本は、語りと文字テクストの関係を考察する上できわめて興味深い資料である。本研究では、現存する座頭琵琶台本の網羅的な調査を行ない、文字テクストと語り物伝承、台本とパフォーマンスの関係について、言語・音楽の両面から考察するものである。 本年度はまず、かつて座頭の芸がさかんに行われた地域である宮崎・長崎・佐賀県をたずね、郷土史料、藩政史料などから座頭(盲僧)に関連する記述をさがし、台本とみられる文献類の発見につとめた。その結果、九州地方における座頭(盲僧)芸のかつての広がりを確認することができた。また、福岡県甘木市の盲僧(座頭)、森田勝浄氏、および、同県浮羽郡田主丸町の故国武諦浄氏のご遺族が所蔵する琵琶台本のコピーや写真を入手し、とくに森田氏からは、台本が作成された経緯や背景などについての聞き取り調査を行なった。現在、入手した資料の整理・分析を進めているところだが、この調査は、次年度も継続して行い、語り物台本が作られた経緯・動機を考察するとともに、台本とパフォーマンスとのかかわり、また、文字テクスト化の成立により語り物がどのように変容し、それは詞章・音楽面にどのような影響を及ぼしたか、などの問題を検討する。また、台本を用いる伝承者と、用いない伝承者において、習得方法、演唱形態においてどのような差異が生じるかという点も、きわめて興味深い問題である。
|