九州地方に行なわれる座頭琵琶の語り物伝承は、さまざまな点で中世的な語り物伝承のすがたを伝えている。たとえば、彼等は語り物を演唱するにとどまらず、その本業は、むしろ祓いや祈祷などの宗教儀礼を行なうことにある点である。 この研究において私は、座頭琵琶における語り物伝承と文字テクスト(台本)との関係に焦点をあてて考察した。したがって、とくに福岡県の筑前地方の座頭について調査した。なぜなら、筑前地方の座頭は、明治期において多くの台本を作成したからである。筑前地方では、明治期に晴眼者が父親の盲僧行を相続し、そのため語り物の習得や記憶の便宜ために台本が作られたのである。したがって筑前地方の座頭琵琶における語り物と台本との関係を調査することで、台本が作られることで語りが変質していく過程を、きわめて具体的にしることができるのである。 私見によれば、筑前地方の座頭琵琶の伝承についての研究は、たんに一地方の語り物伝承の研究にとどまらず、ひろく口頭的な語り物伝承と文字テクストとの相互関係を考えるうえで、より普遍的な視点を提供するはずである。それはさらに、中世に行なわれた口頭的な語り物(平家物語、その他)の演唱について考えるうえでも、貴重な手がかりを与えるものである。
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