本研究では、従来、『文選』版本研究史において看過されていた朝鮮本『文選』(六臣注本、五臣単注本)が、唐代鈔本、或は、宋刊本・元刊本・明刊本などいかなる関係を持ち、東アジア文化史の上においてどのような役割を果たしたかについて分析した。初年度(平成9年)では、朝鮮朝宣徳三年六臣注本、正徳四年五臣注本の伝存諸版本の所在調査を行なう一方、宋刊本文選・旧鈔本文選などの研究史整理、そして宋刊本や旧鈔本などと朝鮮六臣注本との校勘に着手した。平成10年度は、朝鮮版六臣注『文選』の系譜について検討を行ない、朝鮮刊本が袁氏倣宋刊本よりは古い元祐九年秀州州学本に近い版本に拠った点を明らかにした。また、遼刻『釈摩訶衍論賛玄疏』の鎌倉写本を発見し、宋刊本の流伝経路に関して遼朝と高麗、そして日本との文化交流に着目した。平成11年度は、朝鮮本六臣注『文選』について、従来の研究では全く欠落していた版種の問題について取り上げ、現存の朝鮮本六臣注『文選』は宣徳以降、少なくとも三種以上の版本があった点を明らかにし、国会図書館本が求古楼旧蔵本であった可能性を指摘した。最終年度の平成12年には、朝鮮版『文選』の版本学的研究の補助資料たる『歴代卅四家文集』の書誌的分析、朝鮮半島に唯一伝存すると言われる誠庵文庫蔵「元刊本」李善注文選の刊行と書誌研究を実施した。その結果、『歴代卅四家文集』は明刊『漢魏七十二家文集』の版木を用いて賞雨軒が刊行した明末清初の刊本であり、『文選』研究資料としてはむしろ『漢魏七十二家文集』の方が有用であるものの、書誌的には異版があって、決して一種ではないことを明らかにした。一方、誠庵文庫蔵「元刊」李善注文選は、元刊張伯顔本の明覆刻本である北京書舗汪諒刊本の零本と推定され、朝鮮朝の両班儒林では宗主国明朝の最新刊本を実用としていた一端が明らかになった。 その一方で、朝鮮本五臣注『文選』については、宋刊本・旧鈔本などとの校勘に手間どり、研究成果は次の機会に改めて提示することとなり、報告書には盛り込めなかった。
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