皮影戯に関しては、収集済みの文字資料の整理、検討作業を進めた。特に調査課程で大量に収集された影巻(皮影戯台本)は、本研究テーマである北京皮影戯の他、河北、山東、遼寧、黒竜江、内蒙古等、大都市北京の文化的影響が強いと思われる各地域の皮影戯にも及んでおり、大都市と地方都市・農村との間の物語の流通を考察する上で有効な材料である。それらと、小説及び共時的に北京で受容された京劇・子弟書等のテクストとを、物語ジャンル毎に比較検討し、物語流通の様態と社会環境に規制されたメディアの相互関係とを明らかにした。更にこれら影巻の解題目録も完成に近づいている。 また、インフォーマントからの情報と先行文献を整理・分析を通じて、1930年代に知識人によって皮影戯が「発見」された文化史的背景を明らかにし、北京における娯楽メディアの構造の、清末から民国時期にかけての変化とその要因について、一定の知見を得るに至った。 京劇に関しては、今回研究対象とする1930年代に出版された、知識人による演劇雑誌と一般の娯楽芸能雑誌、さらに当時の状況についてのインフォーマントの回想や現在の研究者による論及など、収集された各種の言語資料の整理・分析を行った。また、民国期演劇雑誌データベースの編集作業も、当初の計画通りほぼ仕上げの段階に入っている。 そしてこれらの資料をもとに、当時の北京において、実際に流通していた芸能を巡る言説と、舞台実践に関わる伝統的な営みや価値観とが、どのように絡みあい、京劇という芸能を支えていたか、その全体像の記述を論文という形で試みた。その結果、当時の京劇は、西洋から移入された芸術観にさらされつつ、基層部では依然として旧来の文化に組み込まれていたことが明らかにされた。これにより、新旧文化が交錯した状況下における都市部の伝統芸能の近代的な在り方というものが、一定のレベルで記述できたと思われる。
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