今年度は、時制(tense)および法助動詞(modal auxiliaries)に関わる意味論・統語論・語用論のインターフェイスを考察した。時制に関しては、Reichenbach(1947)により提案された、発話時(Sppech Time=S)、指示時(Reference Time=R)、事象時(Event Time=E)の3要素を用いる理論を採用した。Hitzeman(1993)、Johnston(1994)、Thompson(1996)等の先行研究により、時制表示を構成するS、R、Eは、解釈上の役割に加えて、いくつかの統語現象を左右し、統語的性質を示すことが論じられている。本研究では、S、R、Eの3要素は、統語構造に表示される要素であり、時制表示は統語表示に現れる要素の情報のみで構成されると考える。極小主義プログフム(Minimalist Program)の「最も強い極小主義のテーゼ(Strongest Minimalist Thesis)」(Chomsky(1998))では、包括性の条件(Inclusiveness Condition)により意味解釈を受けるLF表示は、語彙項目が含む情報のみから構成される。本件研究の仮説と包括性の条件により、時制表示は、語彙項目に含まれる情報のみで構成されること、逆に、時制表示の形成に必要な情報を担う要素は、語彙項目として統語派生に導入されることが必然的帰結となる。本研究では、これらの理論的帰結を満たすには、S、R、Eに加えて、法的指示時(modal reference time=Smod)が必要であることを論じた。これは、Smodを担う法助動詞が、顕在的にあるいは非顕在的に、常に存在することを意味する。法助動詞の意味解釈に関しては、Kaneko(1997)の分析を拡張し、新たに法助動詞文と命令文の平行性にも言及し、法助動詞文の意味解釈の多様性は、統一的統語構造、個々の法助動詞ごとの単一の意味、二つの根本的叙述様式の相互作用によりもたらされるものであることを明らかにした。
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