研究概要 |
本年度はまずルネサンス期の英国演劇における魔術表象に注目した。主な対象はクリストファー・マ-ロウの『フォースタス博士』、ロバート・グリーンの『修道士ベイコンと修道士バンゲイ』、そしてウィリアム・シェイクスピアの『恋の骨折り損』と『テンペスト』である。 分析の結果判明したことは、これらの演劇に登場する魔術師はいずれも魔術を捨て去ることでも共通点をもつことである。さらにまた、これらでは魔術の理論的側面が滅多に言及されることがなく、むしろ諷刺によって支配欲、名誉欲、性欲、金銭欲など魔術師たちの赤裸々な世俗的願望が暴きだされていることである。 また本年度はトマス・アクィナス、アルベルトゥス、マグスヌなど正統スコラ主義学者による魔術観を調査、分析した。その結果、判明したことは、いわゆる「隠された力」と呼ばれる不可視の霊的作用力の応用がとりわけトマス・アクィナスによって制限されており,この制限がルネサンス期の魔術主義理論に大きな足枷を背負わせたことである。 物理学的な次元で言うと、ルネサンス期は魔術の対象である「隠された力」なるものを想定せざるをえなかったが、人間によるその利用はトマス・アクィナスらによる教会の権威者によって制限が加えられていた。本年度はルネサンス期の魔術理論におけるこの二つの興味深い現象に注目し、ルネサンス期の英国演劇を対象として魔術表象の定式化を試みた。 結論として導きだしたことは、ルネサンス期の英国演劇でも理念的な魔術の目標が当初の段階で呈示されこそするが、どの作品でもその目標が最終的には頓挫するか、捨て去られてしまう事態がどうしても生じざるを得ないことである。
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