本年度はまず前年度に引き続き、ルネサンス期の英国演劇における魔術表象を分析した。主な対象はウィリアム・シェイクスピアの「ヘンリー六世」三部作、「ロミオとジュリエット」、「テンペスト」である。 分析の結果判明したものは、1603年の魔術禁止令の改止を境にして、魔術師の表象が微妙に変化する現象である。ほんらい魔術師とは「隠されている力」を利用して、驚異的な現象を演出する存在とされるが、1603年の改正によって、驚異的な現象の演出そのものが、法律のうえで悪魔との接触と関連づけられる可能性があらわれた。その点、「テンペスト」のプロスペロウが嵐を巻き起こしたさい、その嵐が無害なイリュージョンであったことを強調するのも、明らかに1603年の改正への配慮があったと思われる。その他さまざまな点において、1603年以降のフィクションにおける「魔術」はフェイク・ショーか、あるいは自然の因果関係で説明できるものへと変わっていく現象がつきとめられた。 本年度はまた錬金術関係の文献を調査・分析した。主な対象はパラケルススの練金術文献、およびベン・ジョンソンの「練金術師」、「解放されたメルクリウス」である。 その結果得られた成果は、ルネサンス期において練金術は魔術の一領域と見なされていたにもかかわらず、他の魔術とは明らかに異なる特異な発想を含むことである。他の魔術が一般的に不可視の作用力をタリスマンなどに引きつけ、貯えるのに対し、練金術はその力を物質化一体化させていく。 その他、魔術がアリストテレス哲学理論の枠内でおこなわれるのに対し、練金術はその体系そのものをディコンストラクトするきわめてラディカルな傾向をもっていることもつきとめられた。
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