最終年度である本年度は、魔術の一ジャンルとされた錬金術を考察し、そのうえで魔術主義全般の特質をまとめあげた。 錬金術固有の発想は、「物質の身体」に閉じこめられている「不可視の霊(魂)」を分離して、さらに両者を一体化させることである。この一体化された物質が、錬金術において「賢者の石」と呼ばれる霊石である。この最終目的となる「賢者の石」がユニークであるところは、物質である点、持ち運びが可能であると同時に、霊性を帯びている点、ある種の作用力の塊であることである。 一方、ルネサンス期において通常魔術と呼ばれたもの(自然魔術、星界魔術、天空魔術)は、霊(スピリトゥス、オカルト、プロパティー)という謎の作用力を対象とする点で錬金術と同じである。ところが、錬金術において霊を物質と単一化(現在の用語なら融合)させることが最終目的である一方、その他の魔術においては霊を物質のなかに貯えるか、支配することが目標となる。護符(タリスマン)や悪魔召喚がその典型的な例である。以上の成果は、『逸脱の系譜』(研究社)における「ルネサンス錬金術の想像力」に発表された。 ルネサンス魔術は発想の点で現代の応用科学とそう変わりはない。いずれも(電磁力、原子力など)目に見えない作用力を応用しようと試みる点である。一方、違いも大きい。現代であれば物質的な因果関係から理解することを、ルネサンス期には霊的な存在を原因と考えたことである。必然的にルネサンス期の物理学、化学、天文学は空想的な仮説を生み出した。これが同時代の文学にしばしば応用された魔術主義的想像力である。
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