本年の第一の成果は東京大学出版局から公刊された『ドラキュラの世紀末 ヴィクトリア朝外国恐怖症の文化研究』である。1897年に公刊されたこのテクストを、イギリス世紀末の外国(他者)恐怖症が典型的にあらわれているテクストとして、サイ-ドのオリエンタリズムを援用しながら読み解くことによって、いかに世紀末のイギリスが己れの自己像を創造しながら、それから逸脱するイメージを他者としての外国のうえへと投射していったかを論じている。 外国恐怖症の具体的なかたちとしては、ドイツやアメリカといった産業革命後発国がイギリスを軍事的に侵略するのではないかという侵略恐怖、当時「外国人の侵略」と呼ばれていた東欧からのユダヤ人移民にたいする恐怖、アジアに起源をもつコレラの「恐ろしい侵略」を恐怖するコレラ恐怖を論じた。それらは、それぞれ帝国主義、反ユダヤ主義、パストゥール革命という、すぐれて世紀末的な主題とかかわるトピックであった。 それとともに本年は、文学、歴史、思想といった多様な学問分野にまたがる、19世紀末の第一次資料(主に『19世紀』『同時代評論』などの総合雑誌から)を収集し、それを主題別にデータ化する作業を進めた。また、研究の効率化のためにいまや必須となっている電子テクストの収集に努め、ヴィクトリア朝を中心とした電子テクスト・ア-カイヴの確立ならびに拡張にむけて、大いに成果があった。
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