19世紀前半のスコットランド文学を代表する作家ウォルター・スコットの「ウィヴァリ-小説群」という歴史小説は、スコットランドのアイデンティティ追求の現れとして一般に了解されているが、少なからず18世紀に花開いたスコットランド啓蒙主義の遺産としてのエディンバラ都会趣味に合致する側面を持っている。19世紀エディンバラが「北のアテネ」と呼ばれる文化都市であったという事実は否定しがたいが、同時にそれはスコットランドの土着性を抑圧する方向に作用していた点が従来看過されていた。それが顕著に見いだされる領域が、17世紀末のスコットランド宗教戦争-「王党派」対「国民盟約派」の対立-を歴史小説として再現する場合である。スコットのテクストは啓蒙主義の宗教嫌いを幾分とも反映して「盟約派」の狂信を強調するが、ジェイムズ・ホッグやジョン・ゴールトといった土着性の強い作家たちの場合は、スコットと甚だしい対照を示していることが理解される。ひとことで言えば、そこでは「盟約派」の信仰をスコットと比べると遙かに好意的に評価し、表象しようとする姿勢が見て取れるのであり、そうした姿勢が、スコットと違って、彼らをいわゆる「英文学」の正典の周縁に追いやってきたメカニズムをゴールトの「リンガン・ギルハイズ」を中心に考察している。このテクストははっきりとスコットによる「盟約派」の造型への異議申し立てを意識したもので、それがイングランドにどのように受容されたかが、正典形成にとって大きな問題であるとように思われる。その知見の一部は、平成9年度に発表したゴールトを直接対象としない論文に反映しているが、10年度にあっては、本研究の成果をゴールトの上記テクストの分析という形で発表する予定である。
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