いわゆる「英文学史」において19世紀前半を代表する小説家としてウォルター・スコットを挙げることは常套であり、その歴史小説にはスコットランドのアイデンティティを追求する姿勢が色濃く反映しているが、一方、当時のスコットランドにおいてスコットが唯一の小説家であったわけではなく、他にも多くの読者を抱えた作家がスコットとは異なった角度からやはりスコットランドの固有性の確認作業を試みていた。ここで対象としたジョン・ゴールトも『ブラックウッズ・マガジン』を舞台に活動の範囲を広めたそうした作家の一人であり、現代の「スコットランド文学史」においてはスコットに迫る比重を以て扱われている。しかもなお「英文学史」におけるその両者の地位の差は、スコットが前世紀の反宗教的傾向を持っていた啓蒙主義運動の遺産を巧みに利用したのに対して、ゴールトはそうした知的洗練とは逆のスコットランド西部に根付いた伝統を重視したところにあると考えられる。例えば、歴史小説の代表作『リンガン・ギリス』ではスコットの『墓守老人』に真っ向から対立する長老派信仰(=国民盟約派)の大義をスコットランドのアイデンティティと結びついたものとして描き出している。昨今のイデオロギー批評の隆盛はこの問題について、文化派遣の視点から容易に解釈を下せると判断されるので、ここではむしろそうした政治的スタンスを意識的に排除して、ゴールトの執筆活動を丹念に跡づけることに主眼をおいた。しかしながら『リンガン・ギリス』は政治性がきわめて濃厚であるので、多少ともスコットのトーリー・イデオロギーと対比しつつ、ゴールトの盟約派造型の特質を明らかにするように試みて、スコットランドの固有性は啓蒙思想にではなく、むしろ宗教改革の精神を引き継いだ盟約派信仰にあるというナショナリズムと宗教性を重ねてみるところに彼の特質があるという、一応の結論を導いた。
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