複合語アクセント規則をはじめとするアクセント規則と、母音挿入や子音削除のような分節音変化との関係を多言語について考察した。音節構造との関係から母音が挿入されたり、あるいは子音が削除されたりする現象は数多くの言語で観察されている。このような分節音変化が歴史的に確立されている場合、新しい(現在の共時的な)音節構造に対して共時的なアクセント規則が適用されるというのが一般的な考え方である。ところが多くの言語において、分節音変化が生じる前の音節構造(つまり一昔前の表層構造)を入力としてアクセント規則が適用されるケースが観察された。 たとえば鹿児島方言においては、母音削除の変化の後にアクセント(音調)規則が適用される一方で、子音削除変化の前の構造に対してアクセント規則が適用される現象が観察される。アイヌ語でも、母音挿入現象の前の構造に対してアクセント規則がかかるケースが報告されている。 日本語の東京方言では状況はさらに複雑で、同じアクセント規則でも母音挿入や子音削除の前に適用されたり、後に適用されたりする。特に、その単語の種類(語種)によってこのような差異が生じる。さらには、同じ語種(あるいは同一単語)でもアクセント規則によって差が生じ、あるアクセント規則は母音挿入前の構造を入力とし、別のアクセント規則は母音挿入後の構造を入力する現象が観察された。 これらの現象は、現在標準的な音韻理論として広く採用されている最適性理論にとっては厄介なものである。この理論では規則による派生(規則の順序づけ)という考え方を否定しているために、順序づけを必要とするような上記の諸現象は、簡単には説明できないと思われる。
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