私の研究課題である「現代アメリカ文学におけるフォークナーの遺産」という大きな問題を考察する場合、先行作家の遺産の譲渡(借用)という視点だけでなく、後世代による先達の反読(誤読)の可能性を視野に入れた相互テクスト性の観点からも考察する必要があるという認識の変化に伴い、既発表のスタイロンに関する論文2編(『ソフィーの選択』と『ナット・ターナーの告白』)についての修正を行いつつ、現代文学と彼の出身地であるヴァージニア州の社会的、歴史的背景に関する研究書を購入し読み進めた。 さらに、最近のフォークナー文学解読の重要な視点となってきた人種、階級、ジェンダー、および、ポストコロニアリズム等の先鋭なポリティカルな視線にも目配りして、テクスト読解のための背景的知識を補強し、分析の精度を磨く努力をした。『闇の中に横たわりて』、『この家に火をつけよ』、『ロングマーチ』等のスタイロンのテクストについては精読作業を終えたが、現在は第一作についての論文を執筆中で、他の作品分析にまでは進むことができなかった。というのは、日本フォークナー協会設立に関わり、副会長という立場上、協会の第二回大会のシンポジアム「フォークナーと現代文学」の司会兼パネラーを引き受け、そこで「フォークナーとW.H.ライトとオニール」という論考を発表することに、かなりの時間とエネルギーを取られたからである。が、ニーチェの『悲劇の誕生』を基盤とするライトの創作美学と、文学的ヴィジョンにおいてフォークナーに最も近いオニールを考察することにより、フォークナーの創作の基軸である対位法的原理を明確にすることができた。この作業は本研究にとって重要な貢献をするはずである。 トニ・モリソンの『青い目が欲しい』も精読し、モリソン文学の特質も把握できたので、『スーラ』や『ジャズ』等を読了後、モリソンとスタイロンの文学の全体を、フォークナー文学との相互テクスト的な共振の様相の中で体系的に究明してみたい。
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