本研究は、従来の批評では十分考察されてこなかったウィリアム・フォークナーと同時代の二人の巨匠である南部出身の作家トマス・ウルフとニュー・イングランド出身の劇作家ユージーン・オニールとのインターテクステュアルな比較研究をまず行うことによって、現代アメリカ文学に大きな影響力を与えたフォークナー文学の基本的特徴に関する多くの知見を得ることができた。それらの特徴は-(1)地域的アイデンティティの歴史とその探究、(2)意識の流れの手法、(3)小説形態の絶え間のない刷新、(4)土俗的な素材と実験的な小説形態との有機的な結合、(5)「過去の現在性」という歴史意識(歴史感覚)(6)マジック・リアリズム的な超自然的要素の導入、(7)人間事象の対位法的な捉え方、(8)年代記的な全体世界の構築、(9)家族を人間関係の葛藤の温床と捉えての心理的な洞察、(10)メタフィクションへの関心、(11)ギリシャ悲劇的な運命の認識-などである。 こうしたフォークナー文学の原型的特質を踏まえた上で、さらに現在の文学研究ではジェンダーとともに必須となった《人種》と階級という二つの視点を通して、奴隷制度の罪業と南北戦争の敗北の後遺症に苦しんだ、アメリカ合衆国の異端児である南部社会の特異な体質を明白にした。 上記の基本的研究成果を基に、現代アメリカ文学において、ヴィジョンと文学創造の方法の点で、フォークナー文学の正当な遺産後継者はウィリアム・スタイロンとトニ・モリスンだと捉える観点から、前者の場合には白人中産階級の家庭悲劇における父と娘の近親相姦的な関係の象徴的意義を解き明かし、後者の場合には《人種》に深く絡む色彩と視線のヒエラルキーという視点から、アフリカ系アメリカ人文学の研究分野において最近大きな関心を集めるようになった黒人表象の特徴や、カラーラインの不可視の暴力性を、フォークナー文学の具体的なテクストとの対比において考察した。
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