本研究は、生成文法理論で仮定されている語や文の構造に、意味がどのようにかかわっているのかについて、言語学的失語症学の立場から実験研究を行うことを目的とした。まず日本語の二種類の形容詞派生名詞化接辞-ミと-サをもちいて、それらの処理方式の異同を調べるために、健常者およびさまざまなタイプの失語症患者を対象に実験をおこなった結果は、予測通り病変部位の違いと接辞の違いが乖離現象を示した。-サの付加にはプロ-カ領域、-ミの付加にはそれ以外の領域が関与している可能性が示唆された。規則にもとづいた言語演算処理には前頭葉ブローカ野およびその周辺の皮質・皮質下が関与し、連想記憶にもとづいたアナロジーによる言語処理のは、佐中・下側頭回や紡錘状回、舌状回、海馬傍回、海馬などをふくむ左側頭葉の広範囲の領域が関与していることが示唆された。つまり「規則の適用による言語演算処理」には、言語単位の大きさに関わらず、生産性が高く、規則的で、意味の透明な言語処理が関与している。音楽、形態素、単語、句、文のいかなる言語単位でも、記号の表示とその変換にかんする操作がかかわる処理が行われる。「パターン連想処理」は、直列的文法演算処理とは異なり、並列的な多重結合ネットワークによる処理方式で、連想記憶や、それに基いたアナロジーとして機能する。次に、言語の認知脳内基盤のモデルを提示した(荻原、1998)。まず、語の貯蔵庫である「レキシコン」は、左半球側頭葉中下回から内側面にかけての広い領域で表示および処理が行われており、「言語の計算システム(Computation)」の内、「選択」にはウェルニケ領域から左角回にかけての領域が関与していると思われる。「併合」という操作は、言語によって異なった脳部位で行われる可能性が示唆された。主語と述部での文法的一致現象(人称、性、数、格)のない日本語では、ウェルニケ領域および角回にかけての領域が関与し、ドイツ語、英語などの一致現象のある言語では、ブローカ領域が関与している可能性がある。計算システムの中核である「牽引・移動」は、言語の違いにかかわらず、ブローカ領域が深く関与していることが示唆された。本研究により提案されたモデルの妥当性は、今後さらなる研究によって検証され、修正されうるものである。
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