研究概要 |
「マン家の家族史と物語芸術」の研究の結果,我々が到達した知見は,マン家の人々の活動に関わる多様性である。とりわけ,日常生活,政治,社会問題,そして芸術思潮が複雑にからみ合って,マン家の人々の創作や行動を規定している様をみるなら,このテーマは今後さらに多方面から追究されなければならないであろう。 個別的に述べれば,1)トーマス・マンの三女エリザベートに対する愛情が,彼の作品や日常の行動に及ぼす影響力の深さは,芸術性が芸術家の基盤をなす家族と無縁ではありえないことを証明している。2)トーマス・マンの長女エーリカのアメリカでの反ナチ活動は,それがアメリカを反ファシズムに導くという目的意識を持っている限り,事実を正確に伝えると言うよりは,一種のプロパガンダに近づかざるを得ないのでありそこに父の芸術性と一線を画する彼女の独自性,もしくは限界があった。3)父トーマスは日記を執拗に書き続けている。彼の政治的状況判断は子供たちの世代に比して正確とは言えなかったが,毎日の出来事を書き期すことによって,彼は政治世界とは別の深い日常性を保持し続けたのではないか。4)トーマスの兄ハインリヒの初期作品に見られる絵画性,同時代の印象派との類似性が明らかにされたが,これにより,当時ヨーロッパの家庭に浸透しつつあった絵画の様式が物語芸術と関連を持つという点で,物語の基盤にある家族や家庭内での芸術享受に新たな光が当てられたと言えよう。
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