研究概要 |
1)18世紀のヴェネツィア演劇史は,バロック的な即興仮面劇から近代的な市民劇へと発展する過程であるが,本年度はその具体的例証として,年老いた商人のキャラクターとして名高い《パンタロ-ネ》を取り上げて,ゴルド-ニの喜劇作品におけるその役割の変遷を追った。 2)それ以前の即興仮面劇においては、パンタロ-ネは頑固で吝嗇で好色な老人,つまり家族や召使いたちの正当な欲求に耳を借さない反動的な既成支配者層の代表として演じられて来た。それに対してゴルド-ニの50年代の前期・中期の喜劇では,家業と家庭に専念し,若者や召使いたちの逸脱をたしなめる健全な家長として描かれる。この立派な父親としてのパンタロ-ネ像は,当時のヴェネツィア社会において始頭しつつあった新興ブルジョワジ-階層(ゴルド-ニ自身もその階層に属する)を表現していると解釈される。 3)ところが,彼の60年代始めの後期の喜劇では,パンタロ-ネ像は再び保守化する傾向が見られる。つまり,社会的現実との接触を失って,自分の考えに固執し,家族や召使いたちに笑われる《ルステゴ》(頑固者、田舎者)として描かれる。これは何を意味しているのか。 4)通説(たとえばバラッタの説)では,ヴェネツィアのブルジョワジ-階級の行き詰まりと停滞を象徴するものと解釈されているが,これは余りに図式的すぎる。むしろ揶揄されている対象は,伝統的なヴェネツィア商人階級でなく,17世紀後半のペスト渦の後に田舎からヴェネツィアに流入して商人になった新参者たちであり,都会に移っても以前の田舎の粗野で非社交的な性格と習慣を持ち続ける階層のことであろうという結論に達した。
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