モンゴル帝国期における多重言語状況の様相は、端的には、翻訳仏典の行文中に保存されている借用形式が如実に示している。その種の翻訳仏典の一つに、大阪外国語大学石浜文庫所蔵の『仏頂尊勝陀羅尼経』があり、研究代表者は既にその概要を紹介し、その校訂テキストを公刊しているが、本研究課題の趣旨に沿って、改めて分析を進め、その結果を平成9年7月ハンガリー・ブダペスト市で開催された第31回国際アジア・北アフリカ人文学者会議で報告して、米国、中国、ドイツ、ハンガリーなどの研究者とその内容をめぐって討議した。 さらに、これとは別の、未発表の仏典『聖吉祥真実名経』についても、本研究課題の趣旨に沿った調査・分析を進め、その成果を平成10年7月フィンランド・マイヴィク市で開催された第41回常設国際アルタイ学会で発表し、ハンガリー、ドイツ、中国などの研究者とその内容をめぐって討議した。 これらの個別の文献資料に関する研究を進め、新知見を得た研究代表者は同年10月韓国アルタイ学会の招聘を受け、大韓民国ソウル市で開催された第3回韓国国際アルタイ学会で研究発表を求められた際、多重言語状況下における言語接触の実相を物語る誤訳の意義を、上記の諸成果を十二分に活用しつつ、解き明かした研究を公けにした後、モンゴル、中国内蒙古自治区、韓国、日本の研究者と討議した。そこで仰いだ意見・批判をもとに改稿した論文は、同学会で刊行されているAltai Hakpo 11に掲載される予定である。 また、同年12月京都大学言語学懇話会では、以上の成果を十全に取り入れて、借用形式とそこにうかがえる多重言語状況を総括的に解明する研究を発表している。
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