研究者は今までは宗教色が濃い能楽が、中世・近世日本の為政者によって政治的目的のために利用されてきた文化制度としての側面を究明し、その成果をYokota-Murakami 1997で発表した。その際、より史的な成果を得るために、作品だけではなく、伝書、舞事の型付、囃子の手付、特殊演出の小書、幕府に提出する書上などを参照した。今回のプロジェクトの場合も同じように、劇作品に現れる聖典の引用だけではなく、団体の議事録等を分析することとした。 中心コーパスとして、イギリス側ではクエーカーの全国組織=ロンドン年会の議事録と文通を分析の対象とした。議事録は1738年より約20年毎改版されているものである。日本側では、ジャンルは異なるが、能楽伝書を分析の対象とした。目的はこの資料において特にform/substanceや体・用のような二元論的な概論のキーワードの語用変遷を究明することであった。 それぞれの文化のコーパスとして異なるジャンルを扱うのは非因習的ではあるが、クエーカーは教会も教義も持たない団体という点から考えれば、宗教性という要因は決定的な違いとして憚る必要はないと判断した。それより、「道」の理念、聖典のレトリック、助言のレトリック、目的とする読者層の幅等、有意義な比較が出来る要因が多いと判断した。ジャンルが異なるのに類似したキーワードが多いのはなぜかというのが一つの出発点でもあった。言うまでもなく、類似したキーワードの設定が大事であり、一方的に日本のキーワードを西洋哲学の概念にはめ込んだリするのが間違いである。それぞれの文化の中のそれぞれの思想の歴史的変遷を、それぞれの状況を比較しながらたどるのが基本的なスタンスであった。 本研究では、一見では中世・近世日英の主流思想において二元論的な対にみえる概念を反対語としてではなく、むしろ流動的な関係を表すキーワードとして認識することにより、より史的な文化理解を目指した。演劇起源論だけではなく、脱構築論や唯物論等も部分的に見直すことにより、この分野における研究の発達に役立つことが出来ることが研究者の願いである。
|