平成10年度における本研究は、アファーマティヴ・アクションをめぐる具体的なケースに応じて、そこにおいて対立し合っている個人主義的な自由の要求と、抑圧されてきた性や民族への広範な平等実現の要求との間の規範的な相互関係を分析することを行った。一方で自由は近代以来の典型的な個人主義的政治価値であって、その重要度については大きな合意が存在しているが、他方で平等の実現はその自由の制限なしには十分な達成が望めないものである。それ故、申請者は、自由と平等それぞれの要求を人間の活動局面と活動領域とにおける保障の態様という枠組みを用いて統一的な価値構造の内で理解し、二つの理念の対立の構造を理論的に明確にすることを試みた。アファーマティヴ・アクションは、まさにこれらの二つの価値をどのようにバランスするかという問題の解決を迫る重要な問題であり、自由や平等のベースそのものの見直しを迫るものであるが、今回は特にアファーマティヴ・アクションの必要性の問題を軸として、自由や平等の社会的機能を考察した。そして、本研究では、これらの関係を理解するためには一定の分配的正義の原理が重要であるとの観点から、自由と平等の規範空間の適正な分配という形での分配的正義の一般的な可能性を理論的に明確化し、その際、平等な尊厳という共同善の保全のために、一定の社会的基礎資源に関しての補償が必要な場合があることを明確化した。
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