訴訟手続の発達という視角から近世(主として江戸時代)における私法の展開を実証的・理論的に明らかにするという研究目的を実現するため、幕藩の民事裁判制度・裁判例に関する未公刊史料を中心に調査収集し、これまでまったく学界に知られていなかったもの、あるいはほとんど利用されていなかった重要史料を、多数発掘収集することができた。それらに基づく主要な成果は、以下の如くである。 第一に、江戸幕府評定所に関して、「憲府記原」(京都大学法学部蔵)によりその起立及び制度史的展開を明らかにするとともに、「万治貞享元禄評林」(大阪府立中之島図書館蔵)・「評定所裁許覚書三十七ヶ条」(東京大学法学部蔵)等により江戸時代前期評定所判例集と「公事方御定書」に先行する法規集ないし判例要旨集との系譜関係を考証した。 第二に、大坂町奉行所に関して、「大阪御仕置録」(財団法人三井文庫蔵)・「大坂御仕置覚書」(大阪府立中之島図書館蔵)等により江戸時代前期の同町奉行所における民事裁判法制を明らかにするとともに、「御代官揖斐十太夫殿支配西国筋之者江京大坂町人より懸合一件留」(九州大学法学部蔵)により江戸時代中期同町奉行所の民事裁判管轄及び民事訴訟手続をめぐる江戸法と大坂法の対立・相剋という問題に関して新たな事実・論点を提示した。 第三に、上記の諸史料及びその他の収集史料等によって幕藩の法制を検討した結果、江戸幕府評定所及び大坂町奉行所の民事裁判法がいわば普通法的地位を有するものであって、その点で諸藩法などとは異なり、近世私法史において決定的に重要な地位を占めるものであったことを論じた。
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