1.平成9年度の研究により、責任原理の基礎づけができ(「責任原理の基礎づけと意義-アルトゥール・カウフマン『責任原理』を中心として」『市民社会と刑事法の交錯』所収)、また、過失犯に造詣の深い研究者たちと「過失犯理論の総合的研究」というシンポジウムを開催し、その成果を刑法雑誌38巻1号に掲載することができた。私のテーマは過失「責任」の変遷を分析しつつ、その本質を問いなおすことにあった(報告書第1章参照)。さらに、過失責任の本質を追及しつつ、そこから「認識ある過失」と「認識なき過失」の区別をし、「認識なき過失」の不可罰性を導くことができた(報告書第2章)。また、平成10年度には、長年続けてきたドイツの碩学アルトゥール・カウフマンの大著『責任原理-刑法的・法哲学的研究-』の翻訳作業が完了した。最終的出版は、諸般の事情で平成11年度になったが(九州大学出版会)、存在論的観点から責任原理の法哲学的意義と基礎づけを明らかにした画期的な業績だとの評価を得た。 2.各論的研究としては、まず、火災死傷事故と過失犯について、とりわけ信頼の原則と過失責任との関係を中心とした考察を行い(報告書第三章)、組織における監督者や管理者の過失責任のあり方を示した。つぎに、過失犯と故意犯の複合領域の問題として、「放火罪と公共棄権発生の認識の要否」の問題を実施的責任原理の観点から深く検討し、認識必要説を全面的に展開した(報告書第四章)。第三に、最近の重要判例である近鉄生駒トンネル火災事故控訴審判決を取り上げて、逆転有罪の論理を批判的に検討した(報告書第五章)。第四に、医療事故の原因と防止策を多角的に論じたイギリスのヴィンセントほか『医療事故』を安全学研究会のメンバーと共同で訳出した(ナカニシヤ出版)。医療事故が問題になっているだけに、各方面から注目されている。
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