本研究の目的は、民族運動・民族紛争において言語が如何なる条件の下で如何なる政治的機能を有するかを多くの個別事例の比較分析にもとづいて明らかにすることである。研究の結果得られた言語の政治的機能に関する結論の概要は以下のように整理できる。 (1) 言語は民族運動・民族紛争の前提として民族意識、民族への帰属意識の醸成、形成に寄与する。これは宗教的差異、宗派的差異を民族の弁別的特性とする民族集団を除きほとんどすべての民族集団の形成に関して妥当する。この歴史的淵源は思潮的にはドイツロマン主義に溯る。 (2) 言語のこの機能は民族運動・民族紛争の展開過程においても民族集団構成員の支持、動員に寄与する要因となる。このとき、言語は当該民族が被差別的状況の象徴としてまた同時に多くの場合過去の栄光に根差した民族の本来的優越性の象徴としても機能する。 (3) 言語はまた現実の民族間の争点として民族紛争の重要な争点のひとつともなる。例えば、どの言語を国家の公用語にするかと行った問題がそれである。しかし、多くの場合、言語は運動や紛争の契機に終わる。運動や紛争が激化しあるいは長期化する場合、争点としての言語の機能は忘却され、むしろ運動や紛争の象徴に転化する。例えば、スリランカ民族紛争は多数派のシンハラ語を唯一の国語とすることをひとつの契機と勃発したが、紛争の激化と長期化に伴い言語問題は実質的争点ではなくなっている。 本研究においては上掲の結論を多くの事例にもとづいて検証したものである。
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