二年間にわたる「経済制裁の戦略的含意に関する」研究では、とくに第二次世界大戦後に実施された経済制裁という名のパワーの行使が国家間の戦略的な相互行為にどのような影響を及ぼしてきたかという問題意識に立脚して、経済制裁に内在する経済国策(economic statecraft)の本質の理解に努めるとともに、多国参加型制裁と単独型制裁の費用対効果分析を行った。また積極的制裁と消極的制裁との使い分けのもたらす国際政治的含意についても、様々な制裁事例の個別分析から「安全保障のジレンマ」ないし「囚人のジレンマ」という否定的結果をもたらすことが多いことを立証した。同時に、冷戦時代における日本の経済制裁の一例として、アメリカを盟主とする西側陣営の引いた対共産圏輸出統制網に組み込まれていった過程を公開済みの外交文書の分析を通して考察し、日本の経済国策の一環としての貿易統制政策の原型を浮き彫りにすることに成功した。その原型とは、西側陣営の一員としての協調枠組みの中に位置しながら、対共産圏貿易統制という世界的規模の経済戦争に際して構造化したアメリカと西欧との利害対立の間にたって果たした調整者としての役割、ないし中間者的な役割、として要約される。この調停者ないし中間者的役割は冷戦終結後の不拡散型輸出統制政策やその他の経済制裁政策にも継承されていることが明らかとなった。さらに考察の射程を広げる必要性を認識するに至り、その他の経済制裁に関連する戦略的相互行為の事例として、近年の米中摩擦、情報化時代の技術安全保障論、「民主化」と安全保障との関連性の分析など、経済制裁の戦略的含意を多面にわたって考察し、国家のみならず個人を含む非国家的行為主体が制裁現象の渦のなかでいかに重要な位置を占めているかが明らかにされた。
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