本年度は、理論的な側面において、第一にカール・マルクス『資本論』における協業・分業論、機械制大工業などをめぐる分析を整理・再検討する作業を進めた。これにより、マルクスの資本主義的生産様式の理論が一般にそう解釈されているように機械制大工業に収斂するという主張を展開したものなのではなく、機械大工業と同時にマニュファクチュア的な労働方式をもその一方の基礎にもつ、二重の生産様式論であることが明らかになった。そして1980年代以降の資本主義経済のおける情報通信技術を核とした新たな生産様式の基本は、このような一種のマニュファクチュア的な生産様式への回帰であるという見解にたどりついた。情報通信技術の発展は、一方的な労働の分解・単純化によるオートメーション化に帰結するものではなく、人間労働のうちからマルクスのいわゆる分業に基づく協業による生産力を人間の知的な活動の場で拡張する特性をもつというのがその結論となる。 第二に、このような生産様式論をふまえた労働市場の理論的な考察に着手した。1990年代の日本や東アジア諸国の長期的な不況とアメリカ合衆国を中心とした好況の並行現象を考えるとき、情報通信技術が生産様式の変容を通じ労働市場の性格を変化させた点が一つの重要な要因となっているのではないかというのが検討課題であった。この課題についてはまだ明確な結論に到達してはいないが、生産様式と労働市場との関連を扱う基礎理論に関して、協業による「集団力」に強く依存する生産様式おいては実質賃金率の安定性が高まるという仮説に到達し、労働市場の特性に着目した景気循環論の論文草稿(「相としての景気循環論」)を作成した。
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