本研究は、1980年代以降加速度的に発展を遂げてきた、パーソナルコンピュータとコンピュータネットワークを核とする情報通信技術が、労働組織のあり方に対して与えた影響を考察するための基礎理論を構築することを課題としている。情報通信技術の発展が生産過程でひきおこしたさまざまな現象に関して近年研究が進んでいるが、そうした研究成果を資本主義経済の長期の視点から捉え返し、その歴史的な意義を理解するためには、まずこうした諸現象を一般的に捉える枠組みを準備することが不可欠となるのである。 本研究ではこうした問題意識にたって、第1に、カール・マルクス『資本論』における協業・分業論、機械制大工業などをめぐる分析を整理・再検討する作業を進めた。これにより、資本主義的生産様式は一般にそう解釈されているように機械制大工業に収斂すると考えるべきではなく、機械制大工業と同時にマニュファクチュア的な労働組織をも、そのもう一方の基礎にもつ、二重の生産様式論であると考えるべきであるという結論に到達した。 このような基礎的な認識に立ち、第2に、1980年代以降の資本主義経済のおける情報通信技術を基礎とした新たな生産様式への転換は、一種のマニュファクチュア的な生産様式への回帰という側面を具えているという結論にたどりついた。情報通信技術の発展は、一方的な労働の分解・単純化によるオートメーション化に帰結するものではなく、いわゆる分業に基づく協業による生産力を人間の知的な活動の場で独自に拡張する特性をもつと考えられるのである。
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