研究概要 |
前年度、D.ステユアートとJ.シンクレアーを柱に据えてA.スミス以降の後期スコットランド啓蒙の展開過程を鳥瞰し、そこに確認された特徴の基底には18世紀後半から19世紀初頭のスコットランド社会の変貌が貫いていたことを確認した、本年度はこれを受け、特にシンクレアーが主導した18世紀末の経済改良運動の記念碑的な一大調査事業(Sir John Sinclair(ed.),The Statistical Account ofScotland,Vols.I-XX,1791-99.はその成果である)を中心にそこに窺われる特徴について考察した。第1にシンクレアーは、ドイツで「一国の政治的勢力を確かめる目的で」使われていた「統計(Statistics)」という言葉によって、「その[一国の]住民によって享受されている幸福の量およびその将来の改良手段を確かめる」ことを企図した。そこには、「統計」という用語の新奇さは別として、これまでの同種の企画がもっぱら「課税や戦争」のための基礎資料の確認に限定されていた、という彼の批判がこめられていた。第2に、スコットランド啓蒙の他の主要人物たちと同様に、シンクレアーも古代との比較において近代の特徴を捉えようとしていたが、この点も彼が「統計」的手法を重視したことと関連していた。すなわち、彼は、古代の学問に対し近代の学問が優越する点を近代における「事実(facts)」の徹底した重視に見出し、政策提言の基礎に「調査と実験」を据えた。最後に、シンクレアーには、近代社会の人口増加とともに社会構造も複雑化し、そのために食料供給問題や雇用確保問題などが生じる、という認識があった。こうした具体的な諸問題と関連させて、彼は、第1の特徴として指摘した「統計」の内容を構想していたのである。この点は、まさしく、前年度確認した18世紀後半のスコットランド社会の現実的変貌を彼なりに捉えていたことを窺わせるが、そのより詳細な内容については来年度以降の研究に譲らざるを得なかった。
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