本研究は創業(1872年)から鉄道国有化(1907年)にいたる日本鉄道業の形成過程を、技術者の養成・集積・組織化という新しい視角から見直すことを主要な課題としてきた。この課題に接近するため、4年間の研究期間中に、鉄道技術者関係資料の全国的な調査・収集を行うとともに、収集資史料をもとに明治期鉄道従業者データベースの作成をめざした。具体的には、(1)国立公文書館を中心として官営鉄道の技術者、事務系職員の履歴データを収集し、官営鉄道における技術者、運輸技能者集団の形成過程を明らかにする、(2)『帝国鉄道協会会員名簿』と『帝国鉄道要鑑』に掲載されている鉄道従業員の氏名録を基礎としてデータベースを作成する、(3)これらのデータを利用して技術者や事務系職員のキャリアパスを分析するといった三段階の作業を行った。 その結果、以下の諸点が解明できたと考えている。まず技術者集団については、(1)明治初期に形成された留学経験者を軸とした技術者集団が1890年前後に崩壊する点、(2)日清戦後期には帝国大学出身者を軸とする技術者集団が、官営鉄道、日本鉄道、九州鉄道、山陽鉄道といった大鉄道において形成される点、(3)中小鉄道では技術者の流動性が高く、また人数も少ないため技術者集団の存在は認め難い点などが明らかになった。次に運行技術の面では、(1)運行システムの定着が官営鉄道では1887年前後に、日本鉄道では1892年前後に達成される点、(2)輸送量の増大や時間管理徹底のため1900年前後に集中して運行システムの改善が試みられる点、(3)運行技術者の定着度でも大鉄道と中小鉄道には有意な差が認められる点などが指摘できた。さらに鉄道国有化にともなう従業員の移動については、被国有化民営鉄道の技術系職員が多くの場合、国有鉄道に移ったのに対して、事務系のミドルマネジメントの多くが国有化を契機として他業種へ移籍していることが判明した。
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