量子不変量とは、各コンパクトリー群に対して定義される三次元多様体の位相不変量で、Wittenによって提唱され、Reshtikhin、Turaev等によって定式化されました。この不変量はその定義から複素数に値をとりますが、リー群SU(2)の場合にはとくに代数的整数になることがMurakamiによって示され、漸近展開を通じて三次元多様体の不変量の無限列、すなわち多項式不変量が得られるという事実がOhtsukiによって示されました。本研究の目標は、他のコンパクトリー群に対応する量子不変量に対しても、同様の漸近展開を通じて三次元多様体の不変量の無限列を構成することでしたが、この目標はLeによって独立に達成されてしまいました。 そこで本研究では、位相的場の理論の観点から、不変量に含まれる幾何学的な情報を解析し、三次元多様体論への応用を図るという観点で考察を進め、以下の様な成果を得ました。 ・三次元多様体内の曲面の、非圧縮性の判定法 三次元多様体内に埋め込まれた曲面に対して、埋め込みによって誘導される基本群間の準同型写像が単射となるとき、この曲面を非圧縮とよびます。三次元多様体内の非圧縮曲面は、最近再評価されつつある、Hakenによる三次元多様体の分類アルゴリズムにも登場し、与えられた曲面が非圧縮かどうかを判定することは、その中で最も重要かつ困難な作業でした。この研究では三次元多様体内に埋め込まれた非分割曲面に対し、位相的場の理論からある行列を抽出し、その行列の階数によって非圧縮性を判定することに成功しました。 ・三次元多様体のHeegaard分解の、新しい不変量 三次元多様体のHeegaard分解の理論は、古くからPoincare予想への正攻法として位置付けられ、Waldhausenによる三次元球面のHeegaard分解の一意性の証明など、三次元多様体論で最も深いと思われる内容を豊富に含んでいます。上記の不変量は、位相的場の理論から導かれる行列の、単因子論的性質を抽出したもので、いままで方法論のなかったHeegaard分解の安定同値問題に対する応用が期待され、三次元多様体論への貢献度は大きいと考えます。 ・ある種の空間グラフの多項式不変量 これは副産物というべき研究ですが、ユニタリー群に対応する量子不変量を定式化するときに用いた議論を利用して、θ_m-曲線と呼ばれるグラフの、空間への埋め込みに対する多項式不変量を構成しました。この不変量は、定義の簡単さもさることながら、グラフのキラル性を判定できる点が特徴で、分子の位相的立体異性体の研究など、今後様々な応用が期待されます。
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