今年度明らかにされたことは、次の3点である。 1.実験で観測された相対論的クーロン励起における2重双極子巨大共鳴状態の断面積は、今まで提唱された全ての原子核模型の2倍に達する。我々は既に、2重巨大共鳴の励起強度に関する和則を導き、中間子交換電流が介在しないという仮定をする限り、実験値を再現することは困難であることを示していた。今年度は、中間子交換流の効果をある模型で計算したが、中間子交換流も実験値を再現するには十分でないことを示した。この問題は良く知られた電磁相互作用と和則に関する原子核研究の基本的な問題であり、今後さらに研究を続ける必要がある。 2.原子核のスピンの自由度に依存するランダウ・ミグダルパラメータの値の決定は、原子核物理にとって長年の課題であった。最近の実験結果を用いることによってそれが可能となり、我々はその値を決定した。結果は、従来予想されていた値とは大きく異なり、今まで考えられていたスピンに関わる原子核描像を変える必要がある。例えば、核物質におけるパイオン凝縮の臨界密度は無限大に近いと考えられていたが、今回決定された値によれば、通常の原子核密度の2〜3倍である可能性がある。この結果は中性子星の物理にも関わる成果である。 3.現在の原子核物理の最大の問題の一つは、原子核を従来通り非相対論的模型で記述すればよいのか、或いは相対論的模型で理解しなければならないのかというものである。二つの模型は、現在のところ現象論として同じように大きな成功を修めており、優劣をつけることは出来ない。我々は今回、相対論的模型で単極子巨大共鳴を記述するには、反核子の自由度が必須であることを解析的に示した。この成果は、今後どちらがより現実的な模型であるかを決める手がかりとなることが期待される。
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