プロトン移動型フォトクロミック化合物ジニトロベンジルピリジン(DNBP)の結晶は、最近、3次元高密度光メモリ素子としての応用が期待されている。しかしながら、DNBPの分子内プロトン移動のメカニズム、DNBP結晶の電子状態などその基礎物性は明らかにされていない。本研究では、1)DNBPの分子内プロトン移動のメカニズムを解明すること、2)DNBP結晶の電子状態を明らかにすること、3)分子内・分子間プロトン移動の制御を試み、プロトン移動を用いた新規の固体光素子の提案をめざすこと、を目的とした。 DNBP分子をポリマーに分散させた試料を用いて、光異性化は伴う吸収スペクトル変化を詳細に調べた。その結果、紫外光照射による光生成物は2種類(NH型、OH型)存在し、OH型は熱的にNH型を経て元の構造(CH_2型)に戻ること、可視光照射によりNH型、OH型ともCH_2型に光異性化することを見いだした。また、プロトン移動距離が異なる2つのDNBP幾何異性体を用いてDNBP分子の光・熱異性化反応の詳細な検討を行い、DNBP分子の分子内プロトン移動をプロトン移動距離を考慮した反応座標から明らかにした。また、NH型、OH型の蛍光スペクトルを初めて観測するとともに、観測した蛍光寿命(800ps)を計算から求めた輻射寿命と比較することにより、励起状態の大部分は無輻射的に緩和することを見いだした。 DNBP分子のフェムト秒及びナノ秒ポンプ-プローブ過渡吸収分光測定を行い、DNBP分子の分子内プロトン移動がおよそ300fsで生じること、OH型からNH型、NH型からCH_2型への熱消色反応は各々、マイクロ秒、ミリ秒程度で生じることを見いだした。 DNBP結晶においては、軌道放射光を用いて広範囲のエネルギー領域における偏光反射スペクトルを測定し、その電子状態を初めて明らかにするとともに、MOPACによる分子軌道法計算を行い、その結果を上記実験結果と比較検討し、DNBPのCH_2、NH、OH型の電子スペクトルを明らかにした。またDNBP結晶では、分子間プロトン移動を引き起こしている可能性を指摘した。
|