従来の電子エネルギーバンド理論においては、電子の軌道運動の影響は無視されてきた。このような近似は、固体内の電子状態が自由電子に近い状態にあるときには許されるが、希土類化合物やアクチニド化合物におけるf電子のように、局在に近い状態にある電子の軌道角運動量は決して小さくはない。本研究はf電子系の電子構造に対する軌道電流の影響を調べることを目的とし、電磁場の中におかれた相互作用する電子系に対する半古典的な量子電磁力学のハミルトニアンから出発し、相対論的電流スピン密度汎関数理論を構築した。この新しい理論の枠組の中では、基底状態および基底状態エネルギーは電荷密度と磁気密度により一意的に決まる。一般化されたHohenberg-Kohn定理が成立することを示した。変分原理に基づき、これらの基本変数に関して基底状態エネルギーを最小化することにより、新しいKohn-Sham-Dirac型のセルフコンシステント一電子方程式を導いた。この一電子方程式の有効性を確かめるために、孤立した希土類3価イオンの電子状態の計算に適用した。セルフコンシステントに決められた内部磁場により、磁気方位量子数による縮退は完全に解ける。すべての占有準位について加えて得られたスピン磁気モーメントと軌道角運動量磁気モーメントはHund則をよく再現する。この結果は、Hund則にはスピン分極効果とスピン軌道相互作用が本質的に重要な役割を果たしていることを示す。定量的に言えば、軌道電流の効果はHund則にわずかな影響しか及ぼさないが、各エネルギー準位のエネルギーをかなり修正する。この結果は、重い電子系のf電子系化合物では軌道電流が電子構造に及ぼす影響は無視できないことを示している。本研究は、電子構造に対する軌道電流の影響を調べる上での出発点になるものである。
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