近年、パルス中性子による単結晶試料を用いた物質の動的構造の研究が、急速に発展してきたが、これは、英国ラザフォードアップルトン研大強度スポレーションパルス中性子源に建設されたチョッパー型非弾性散乱分光器からもたらされる学術的成果に啓発されてきたところによるものが大きい。この背景のもとで、高エ研パルス中性子源に設置されたチョッパー型分光器IXcに改良を加えるで、同分光器で単結晶試料を用いた研究を可能ならしめることが本研究の目的である。本年度は昨年度製作を終えたパルス中性子ゴニオを用いて低次元磁性体の磁気励起の測定を試みた。CSVCl3およびcsvBr3の磁気励起を、パルス中性子を用いて測定した。いずれの物質でもスビンS=3/2の一次元鎖が構成され、一次元ハイゼンベルグ系における量子論的極限(S=1/2、1)から古典論的極限(S=5/2)へのクロスオーバーを調べるのに適した系と考えられている。まず低温で動的散乱関数を測定した。ブリルアン帯中央での交換相互作用程度Jの大きさのエネルギーの広がりが観測されていたが、これは、理論的に示されているS=3/2の系での連続帯励起のエネルギー幅に一致する。また、エネルギー幅の温度(T)変化も調べた。エネルギー幅は、高温(T>J)ではTに比例し、低温(T<J)では有限値になることがわかった。また、磁気相関関数の測定から、逆相関長は、Tに比例することがわかった。この結果は、CSVCl_3およびCsVBr_3のS=3/2の系におけるスピン動特性は、高温(T>J)では古典論で記述できることを示している。低温(T<J)で観測された有限のエネルギー幅は、量子ゆらぎがその起源(連続帯励起)であると考えられる。これらの研究をとおして、S=3/2の系は、有限温度で、低温の量子論的振舞いから高温の古典論的振舞いへのクロスオーバーが観測できる系であることがわかった。
|