パルス中性子を用いた分光法では、μeVからeVオーダーに及ぶ広いエネルギーレンジの測定が可能である。またバックグラウンドの低いこともパルス中性子の特長である。パルス中性子源に設置される分光器では、試料槽とその後の中性子飛行槽とを一体の真空槽にすることによって、さらに低いバックグラウンドを実現している。パルス中性子源に設置されたこのような分光器において、単結晶試料を用いた物質の動的構造の研究を行なうために、試料の結晶軸を中性子ビームに対して特定の角度に設定する装置を開発し、低次元磁性体の磁気励起の測定を試みた。C_SVCl_3およびC_SVBr_3の磁気励起を、パルス中性子を用いて測定した。いずれの物質でもスピンS=3/2の一次元鎖が構成され、一次元ハイゼンベルグ系における量子論的極限(S=1/2、1)から古典論的極限(S=5/2)へのクロスオーバーを調べるのに適した系と考えられている。まず低温で動的散乱関数を測定した。ブリルアン帯中央での交換相互作用程度Jの大きさのエネルギーの広がりが観測されていたが、これは、理論的に示されているS=3/2の系での連続帯励起のエネルギー幅に一致する。また、エネルギー幅は、高温(T>J)では温度Tに比例し、低温(T<J)では有限値になることがわかった。また、磁気相関関数の測定から、逆相関長は、Tに比例することがわかった。この結果は、S=3/2の系のスピン動特性は、高温(T>J)では古典論で記述できることを示している。低温(T<J)で観測された有限のエネルギー幅は、量子ゆらぎがその起源(連続帯励起)であると考えられる。これらの研究をとおして、S=3/2の系は、有限温度で、低温の量子論的振舞いから高温の古典論的振舞いへのクロスオーバーが観測できる系であることがわかった。
|