我々はこれまでの研究で、大腸菌や枯草菌などごく普通の細菌を寒天平板上で培養したときに、栄養濃度と寒天濃度(培地の固さ)という細菌の成長条件を決める二つのパラメータを変えるだけで、成長する集落のパターンが多様に変化することを見いだした。特に、枯草菌について集落パターンの相図を定量的に確立することができた。即ち、自己相似フラクタルなDLA的パターンや、コンパクトなEden的パターン、同心円状パターン、枝分かれが密集したDBM的パターン、一様等方なディスク状パターンといった、5種類の典型的なパターンを呈する領域があることを明らかにしてきた。結局、集落形成の最も重要な因子は細菌細胞の分裂増殖と能動的運動であり、それらが栄養濃度と寒天培地の固さで制御されて様々なパターンの集落が形成されるということができる。本研究以前に、上述の5種類の集落パターンのうち自己相似フラクタル・パターンはDLA(拡散に支配された凝集)モデルで説明できること、一様等方なディスク状パターンはフィッシャー方程式で記述できることを明らかにしていた。本研究では、コンパクトなEden的パターンの成長界面はEdenモデルでは説明できない自己アフィン・フラクタルであることを明らかにした。またDBM的な集落パターンの枝の太さ、枝間の間隔、枝の長さ分布などの栄養濃度依存性を詳しく調べ、興味深い結果を得た。そして最後に残った同心円状集落パターンについて、その周期的な成長機構を解明すべく、遊走期、停止期の長さやこれらの和(周期)の栄養濃度、寒天濃度依存性などを調べ終わり、現在、論文にまとめているところである。 プロテウス菌は集落の成長先端で周期的な遊走・停止を繰り返すことによって非常に規則的な同心円状集落パターンを作ることで有名である。我々はこの菌についても集落パターンの相図を確立し、さらに同心円状集落パターン形成の機構を解明すべく、各種の実験を行ってきた。特に、遊走期は菌密度がある値にまで増加すると始まり、停止期は菌密度がある値にまで減少すると始まることを見いだした。即ち、少なくとも巨視的、現象論的には、菌密度に二つの閾値があり、それによって集落の成長先端で周期的な遊走・停止が繰り返され、結果としてきれいな同心円状の集落パターンが得られるということである。
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