本研究では密度分布関数のレベルでいくつかのカオス力学系のふるまいを解析的かつ厳密に調べ、以下の結果を得た。1)エネルギー座標を含む多重パイこね変換における微視的散逸機構:外場の下での拡散、エネルギー輸送を表すモデルとして多重パイこね変換に運動エネルギーに相当する座標を導入した可逆な保存力学系を構成し、その定常状態、緩和モード、巨視的極限、過去への時間発展を調べ、不可逆現象の発現機構と力学的可逆性の関係について詳細な検討を行った。このモデルでは、各サイトに水平方向の切り口が正方形になるような立体をはりつける。垂直方向の軸は運動エネルギーに相当しており、断面積は「エネルギー」によって変わる。運動は、外場のポテンシャルエネルギーと運動エネルギーの和および相空間体積を保存し、通常の多重パイこね変換と同様双曲型である。このモデルで未来への時間発展を考え、長時間経った後に巨視的極限をとると分布関数が不可逆なSmoluchowski型方程式に従うことが示される。さらに、非平衡定常状態及びその状態への緩和モードを表す測度を厳密かつ具体的に構成でき、これらはSmoluchowski型方程式から得られるものと完全に同一の性質を持ち、フラクタル分布となる。特に定常状態では拡散のFickの法則、熱伝導のFourierの法則が成り立っており、可逆な力学法則に従う系で不可逆現象が発現することが厳密に示された。また、測度の過去への時間発展を考えると、負の拡散係数や熱伝導率が得られ、丁度時間の向きを反転した定常状態および「増大」モードが得られる。これは、測度の時間変化が常に時間反転した定常状態から通常の定常状態に向かって一方向的に変化することを示しており、これは力学法則の可逆性と何ら矛盾しない。2)間欠性を示す写像の分布の発展演算子のスペクトル分解:間欠性を示す一次元写像の発展演算子のスペクトル分解を求め、間欠性のため連続スペクトルが現われること、レゾルベントの分岐点近傍の振舞が間欠性のパラメータによって変化することが分かった。
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